社会保険、雇用保険の手続き、給与計算、人事データの管理などを行う労務は、企業にとって必要不可欠な業務である一方、効率化の糸口が見つけにくい。そのうえ、中小・ベンチャー企業にとっては専任スタッフの雇用が難しい業務だ。そこで、社会保障制度をより身近にするクラウドサービス「SmartHR」を展開する株式会社KUFU代表取締役 宮田さん、経営管理 副島さんに、労務で押さえるべきこと、効率化のポイントなどを伺いました。
ベンチャー・中小企業がまずやらなければいけない労務の種類、また業務発生のタイミングなどを教えてください。
労務の業務には、社会保険手続き、給与計算、就業規則の作成・更新、勤怠管理、人事データの管理などがあります。
ベンチャー企業には労務の専任者がいらっしゃらないことが多いので、対応が大変なときも多いと思いますが、実は、労務でやらなければいけないことは、10名未満の企業の場合、就業規則の届け出が義務ではないことを除くと、大・中・小どの規模の企業でもほぼ同じです。
業務発生のタイミングは、入社・退職また人事異動など、企業内で人の異動があった場合、そして引越し、扶養の変更など、従業員個人やその家族のライフイベントがあった場合です。また、年に一回、定期的に発生する業務には、社会保険の金額が適正かを見直す算定基礎届、また労働保険の年度更新があります。
保険の種類によく混乱してしましまいます…
保険には、大きく分けて社会保険(厚生年金、健康保険)、労働保険(労災、雇用保険)の2種類があります。
社会保険と労働保険の中の雇用保険は会社と個人それぞれが保険料を負担しますが、労働保険の中の労災だけは会社のみが保険料を負担しています。社会保険料は給与額によって決定されますが、毎月の給与額に応じているわけではなく「標準報酬月額」という、社会保険料を算出するための金額をまずは入社時に決定します。給与額に少しの変動があってもこの「標準報酬月額」は変わらないため、1年に1度見直しが行われます。この手続を算定基礎届によって行われます。
それ以外では、昇給など固定給に大きな変動があった場合は直近3カ月間の給与と通勤手当の平均額が、標準報酬月額より2等級以上変動する場合には、通称“月変”と言われる「報酬月額変更届」が必要です。
なるほど。では人の異動、従業員のライフイベント、また給与が変更した際に、手続きがあることを頭に入れておけばいいんでしょうか。
はい。実はもう少しあります。
“36(さぶろく)協定”をご存知ですか?これは、労働基準法第36条からきた通称なのですが、この36条では、「労働者は法定労働時間(1日8時間1週40時間)を超えて労働させる場合や、休日労働をさせる場合には、あらかじめ労働組合と使用者で書面による協定を締結しなければならない」と定めています。
会社はそもそも法定時間以上に従業員に業務をさせてはならず、この協定なしで残業をさせると労働基準法違反になるんです。
つまり従業員に残業をさせる場合、代表社員と企業が話し合い、協定書面を作成し、労働基準監督署に提出しなければなりません。そこには具体的な残業時間なども明記するため、内容の変更がしやすいように、協定期間を1年程度にして、毎年提出する企業が多いと言われています。
労働基準監督署から第一に調べられるのはここですので、忘れないように提出してください。もちろん、就業規則を変更した場合にも届出は必要です。
労務関係の提出書類の控えは、保管する必要がありますか?
法的に保管しなければならない書類と、そうではない書類がありますが、契約書や税務書類のように期間が定められているものがあります。たとえば、賃金台帳は3年間、雇用保険で資格取得など従業員に関わる書類は4年間、健康診断書は5年間など、決められていますので注意が必要です。
労務業務の経験が少ないと、きちんと出来ているか非常に不安になるのですが、手続きが漏れていたり、内容が間違っていたりした場合、どういう問題になるのでしょうか。
手続きが遅れてしまった場合でも、遡って処理はしてもらえます。ただそのために添付書類が増えることが多いです。
たとえば、入社後の社会保険加入登録など、普通は紙一枚で済むものが、60日を過ぎてしまうと、勤怠管理表や賃金台帳の提出などが求められます。
手続きは郵送でもできますが、窓口優先なので、急ぎの場合は直接届け出に行くことをお勧めします。なお、郵送で送った場合、書類に間違いがあると、電話や郵送でお知らせが来ますので、気にしすぎる必要はありません。
印鑑は持って行った方がいいですか?
当社が調べたところでは、半分の企業さんが持参されるようです。
社会保険労務士(以下、社労士)さんがいなくても、役所の方がいろいろと教えてくださいますから、印鑑を持っていくことができるようであればその場で記入の訂正や押印箇所を聞くということもできますし、不明な点は管轄部署にお電話すると、教えてくださいます。
小規模の会社では、労務知識や経験があるメンバーが社内にいないことが多いと思います。そういう場合、人事・総務担当または経営者が社内でやっていることの方が多いのでしょうか。それとも社労士の方に依頼している方が多いのでしょうか。
実は、社労士さんと契約をしている企業は、大・中・小含め全体の2割未満と言われています。これは、税理士さんと契約をしている企業は9割以上という状況と比較しても、非常に低い数字です。
というのも、労務の手続き業務は、税務ほど大変ではなくがんばればできるものだからです。それでも業務は大変面倒なものです。
労務の効率化のポイントはどういった点でしょうか。
“どれだけ先回りして行動(案内、手続き)ができるか”ということに尽きると思います。
極端な例ですが「明日子供の1ヶ月検診があるので、保険証が欲しいです」と言われ、初めてお子さんがいらっしゃることを知る、というケースもあります。通常だと、保険証発行は1週間〜10日程度かかりますので、すぐ対応したとしても要望に応えることはできません。また、突発的な業務は、他の業務にも影響します。「子供が生まれた」という報告を待つのではなく、妊娠の情報が入ったら自分から予定を聞きにいき、連絡をお願いするなど、前もって行動することが業務効率化につながります。
社労士さんと契約をしている場合、どのようにお付き合いするのがいいのでしょうか。
社労士さんに業務をお願いするためには、企業内の人がどういった時に社労士さんに依頼や相談をするべきか、ある程度知っておく必要があります。SmartHRには、各手続きでのToDoリストがあるので、どういったときに何の手続きが必要かを知ることができます。
すると、企業の負担だけでなく、社労士さんの負担も減りそうですね。
SmartHRを始める際、社労士さんから嫌われないか心配だったのですが、実は社労士さんにも歓迎されました。
当初、労務業務をシンプルにするクラウドサービスSmartHRのターゲットは、社労士さんと月額契約を結んでいない中小・ベンチャー企業だと考えていました。ところが、実際のユーザーには大企業も多く、しかも社労士さんとの契約を継続したまま、社労士さんとアカウントを共有して一緒にサービスを使っていただいていることが多いんです。
企業に1ヶ月に1回来るか来ないか、という企業と社労士さんとの関係では、企業の労務の実情を把握することはなかなか難しい。しかし、今後、SmartHRで常に企業の最新情報を社労士さんが把握できるようになると、離職率やアルバイトから正社員への転換率がなどもわかります。すると、社労士さんは企業の状況に合わせたさまざまな労務の改善策や助成金活用の提案が、迅速にできるようになるんです。
社労士さんの業務には、届出の手続き業務と、コンサル業務(就業規則、従業員との揉め事、助成金の申請など)がありますが、手続き系の業務より、よりよい企業経営のためのコンサルティング業務のほうが社労士さんの専門知識を活かせます。
労務は他社のノウハウを知ることが難しい分野ですので、社労士さんの知見やアドバイスは企業にとって非常に重要です。SmartHRが手続き業務、企業および従業員からの情報の吸い上げ・共有、企業と社労士さんとのコミュニケーションをより簡単にできるようにしますので、社労士さんにはコンサル業務で企業に貢献してほしいと思っています。
「SmartHR」について教えてください。
SmartHRは、社会保険・雇用保険の手続きを自動化するクラウド型ソフトウェアで、2015年の11/18にリリース、3/10時点で約700社のユーザーにご利用いただいています。
特徴は、1.短時間、2. To do listがあるので、学習コストがかからない、3.手続きのための外出不要です。
自動書類作成や役所申請を実現し、また従業員自身で必要な書類を取得し、担当者や役所にWEBで届出を申請することも可能です。
住所変更や、扶養追加など、従業員自身で自分の情報を更新することができ、更新情報が担当者に知らされるため、間違いも少なく業務効率が上がります。
2016年3月現在、扶養家族がいない場合の社会保険と、雇用保険の資格取得手続きの電子申請ができます。今後も社会保険、雇用保険の手続きに関する業務をSmartHR上でできるようにしていきたいと考えています。給与明細・マイナンバーの管理は対応済みなので、産休・育休・傷病手当の手続きにも対応していきたいと思っています。2016年末には、年末調整にも対応する予定です。
実は、サポートの実績公開や今後の開発予定を出すのは、boardを参考にしたんですよ(笑)
そうだったんですか!(笑)
SmartHRのサイトに行くと、チャットで質問ができるようですが、サービスに関する質問ではなく、業務に関する質問も受け付けているのでしょうか。
弊社内には、実務経験豊富なメンバーと社労士もいるので、サービス以外のご質問をくださっても大丈夫です。
ただ、社会保険労務士法で無資格者が社会保険労務士の仕事を行うことはできませんので、お時間がかかる可能性があること、答えられないこともあることを、ご了承ください。
実は、僕が数年前に病気をした際、傷病手当が出て、社会保険のありがたさを強く感じました。そして1年ほど前に、妻が自宅で産休届け出の書類を書いていたのを見て、自分のときには手続き業務を一切しなかったので、会社の体制によって、手続きや届出の方法が違うこと、社労士さんと契約している企業の少なさを知ったのです。それが社会保険の手続きをもっと簡単に身近にするサービスを考えるきっかけになりました。
今後は、産休・育休や、算定基礎などの手続きの充実に加え、勤怠管理や、従業員情報の管理機能強化なども行っていく予定です。大企業でも利用できるよう、検索機能強化や、内製の社内システムと連携できるAPIなども公開予定です。
株式会社KUFU 代表取締役 宮田昇始
サラリーマン時代、10万人に1人と言われる疾患を発症。完治の見込みは20%と宣告を受けるも、闘病期間中に傷病手当金(社会保険の1つ)を受給できたおかげで、リハビリに専念し無事完治。社会保険のありがたみを身をもって感じる。その後、2013年に株式会社KUFUを創業。会社経営のなかで、経営者としては社会保険手続きの煩雑さに課題を感じ、2015年にSmartHRを発案しました。TechCrunch Tokyo 2015、B Dash Camp 2016、Open Network Lab 等、数々のイベントで最優秀賞を受賞。
サラリーマン時代、10万人に1人と言われる疾患を発症。完治の見込みは20%と宣告を受けるも、闘病期間中に傷病手当金(社会保険の1つ)を受給できたおかげで、リハビリに専念し無事完治。社会保険のありがたみを身をもって感じる。その後、2013年に株式会社KUFUを創業。会社経営のなかで、経営者としては社会保険手続きの煩雑さに課題を感じ、2015年にSmartHRを発案しました。TechCrunch Tokyo 2015、B Dash Camp 2016、Open Network Lab 等、数々のイベントで最優秀賞を受賞。
株式会社KUFU 経理管理 副島智子
20人未満のIT系ベンチャーや数千人規模の製薬会社など、さまざまな規模・業種の会社で給与計算・社会保険手続きの経験を持つ。前職のEC系スタートアップでは経営管理の役員も経験。電子政府APIを利用した労務系サービスの立ち上げに興味を持っていたが、TechCrunchTokyo 2015でSmartHRを知り2016年3月にKUFUに参加。カスタマーサポートと経営管理を担当。
20人未満のIT系ベンチャーや数千人規模の製薬会社など、さまざまな規模・業種の会社で給与計算・社会保険手続きの経験を持つ。前職のEC系スタートアップでは経営管理の役員も経験。電子政府APIを利用した労務系サービスの立ち上げに興味を持っていたが、TechCrunchTokyo 2015でSmartHRを知り2016年3月にKUFUに参加。カスタマーサポートと経営管理を担当。