今回は後編です。(前編を読む)
*発言者は、F:藤江さん、T:田向
(T)訴訟リスクは考えるけれど、訴訟の経験がある人は、少ないと思います。実際にお客様とトラブっていて、訴訟になりそう、という事態になった場合、注意すべきことはありますか? また、どういったアクションが必要ですか?
(F)まず、紛争になった場合、どういう証拠があるかということがスタート時点となり、そこで紛争の見通しが決定すると言っていいと思います。そのため、紛争になりそうな場合は、まず、基本契約書、個別契約書、発注書がどうなっているかを確認する作業をしてもらいたいですね。
それらの内容が抽象的だったり不備がある場合、あるいはそもそも契約書を巻いていないなどの場合は、次に事情を補完してくれる材料を探します。要するに、「契約書で書かれていない事情」を他の資料から探し出せるかということなのですが、その代表的な資料がメールです。他には、業務のガントチャート、提出された資料、またシステムを使って作業管理している場合もあるので、その管理画面であったり、そのような記録をすべて保存しておきます。
注意点としては、お客様のシステム上でプロジェクトを管理している場合などです。紛争が生じると、突然アクセス権限が削除されてしまって、アクセスできず証拠がとれない、ということもあり得ますので、訴訟になりそうだなときには、業務上のやりとりを保存しておく、バックアップをとっておくことは、非常に重要です。
(T)たしかに。当社でも必ず形に残るやり取りをしよう、と言っています。電話で仕様のやりとりでは情報が閉じてとじてしまうし、あとからどうのこうのとなるので、必ずメールを送ってもらうようにしているのですが、それは必須ですよね、いざという時のためにも。
(F)そうですね。形のあるやり取りは面倒ですが、いざというときに後悔しませんので、是非やっていただきたいと思います。あと、その流れで言えば、システム開発紛争においては、打合せの議事録をという証拠がけっこう使われます。できれば双方の押印があるといいんですが、この議事録は、紛争解決にあたって非常に有効なツールです。
(T)「システム開発紛争においては」ということは、他の業界ではあまりないんですか?
(F)一緒に打合せを重ねて、相手の意向を踏まえながら何かを作っていくような、たとえば、類似では建築関係業界なんですが、そういう業界では議事録は使われます。ただ、建築関係では双方のやり取りが多数にわたるというよりは、プロが一気通貫で作ってしまう、ということが比較的多いので、システム開発業界では、議事録の重要性がとくに高いと思います。
(T)なるほど。わかりました。今までのお話から、個別契約書、発注書、NDA、契約書について、本来は全部弁護士さんにチェックしてもらうのが基本だと思うんですが、顧問契約をするまでは雛形を作るのも自分でやっていました。NDAは、雛形をつかっていましたが、一個一個の個別契約となると一概にできないですし、そもそも契約書を読むのが大変なんですよね(笑)。顧問契約を結んでいて頼める人がいる場合、小さい個別契約書まで見てもらうべきなんでしょうか。小額の場合等、実際運用上、どうなのかな、と思うんですが。
(F)経営の観点からするとコストパフォーマンスがよくない場合もありますよね。身も蓋もないようですが、法律家の目を入れるべきか否かは、自社の業務の法律的な意味合いをどれだけ理解されているかによると思います。
その意味では、まず自社の契約書の雛形作成を法律家に依頼されるべきでしょう。その上で、各契約条項の意味を、法律家から丁寧に説明してもらうべきだと思います。この手間によって、「自社の業務が、法律上また契約上、どういう意味を持っていて、どういうことを合意しておくべきか」を理解することができます。
これを十分理解しておけば、あとは比較の話というか、先方から出された契約書が、「自社のものに比べてここが甘い、ここが厳しい、これが定まっていない」などを認識できます。こういう方法によって、単に金額の大小ではなく、その契約のリスクを大雑把にでも推し量った上でご判断いただきたいなと。
(T)なるほど。顧問料が払えない最初の段階でも、“自社の”雛形をつくってもらうことが大事なんですね。スタートアップのベンチャーにとって非常に有益な情報です。ありがとうございます。起業後の法務は、まず何からスタートすればいいんでしょうか。
(F)スタートアップベンチャーいろいろ業種がありますが、私が絶対にやってほしいことは、
1. ビジネスモデル自体の法務リスクを理解すること
2. 日常的に使用する契約書を徹底的に理解すること
この2つです。
1については、そもそも事業の中核部分が違法状態になっているという場合は、事業継続できなくなる場合があるためです。受託開発の場合、ビジネスモデルは比較的シンプルですが、自社サービスを展開する場合などは、とくに気を付けてもらいたいですね。
ちなみに、ビジネス全体の中に違法な部分があるとしても、その違法な部分が、事業の中核部分にあるのか、末端部分にあるのか、ということで事業リスクはまったく違います。後から発見しても、治せる傷と、治せない傷があるというイメージですね。なので、なるべく最初に法務リスクは確認していただきたいと思います。
2については、先ほどとはちょっと別の観点からも大切なことだと思っています。そもそも、自社の雛形は使い回すものなんです。コストパフォーマンスを考えるとそうするのが自然ですから。でもその雛形が、自社にとって不利なものだったり、リスクのある契約条項だったりすると、それを自分でばらまくことになります。そして、万が一裁判が起こってしまって、一社について負けてしまうと、他の会社との関係でも紛争に負けてしまう、ということになりかねない。そういう意味でも、日常的に使用する契約書はよく理解して使っていただきたいです。
(T)たしかに。それは、間違いないですね。
スタートアップのベンチャーは立場が弱い、と知りながら、相手の法務との交渉をするわけですが、顧問弁護士いない場合の大手と法務とのつきあい方についてアドバイスをいただけますか?
(F)大企業に恐怖を感じることがわからないわけでもないですが、実際は、力関係でゴリ押しする大手企業はそれほど多くないと思います。なので、法務との交渉の余地は十分にあると思いますよ。たしかに、いきなり強烈な契約書が飛んでくることもあるのですが、実態は、相手方の法務が契約書をきちんとカスタマイズする手間をかけていないというだけだったり……。その場合、実は向こうも、「何かこの契約おかしいな」とわかっていることもよくあるんですよね。ビビらずに、話し合いをする姿勢がまず重要です。
(T)たしかに、僕も以前、相手側に圧倒的に有利な契約書が出てきて、悩みましたが、「ちょっとこれはここがおかしいですよね」と言ってみたら、「たしかに、私もそう思います」と言われことがありました。それならなんとかしてよ!と思いましたけど(笑)
(F)(笑)。契約締結交渉をする際に、あまりにもこれは不公平じゃないか、実態とあってないじゃないか、とちゃんと説明することが出来れば、けっこう応じてもらえます。一番やってはいけないことは、相手が強いからといってやみくもに押印してしまうことです。自社のビジネスがわかっていれば、どこを譲れないかはわかっているはずなのに、押されてしまうというか。
(T)自分で確認していたころは、損害賠償額が無制限でないか、瑕疵担保期間、ソースコードの著作権など、を必ずチェックしていました。損害賠償額無制限は全力で断っていましたね。
(F)さすがです(笑)
(T)顧問契約を結ぶ以前は、弁護士事務所さんに相談することはとてもハードルが高かったんです。それが、自分でやってしまう所以の1つでもあったかな、と思います。法務にプロフェッショナルとして関わったことがある経営者は少ないのではないかと思うのですが、法律事務所を選ぶ際の重要な判断基準や、つきあい方について教えてもらえますか。
(F)ベンチャーという視点でいうと、相談に負荷がかからないことは、非常にメリットがあると思います。大企業は法務部が法務を考えますが、ベンチャー企業では社長が法務を考えます。社長が時間を使うというのは、スピードが命のベンチャー企業にとってすごい大きなコストですよね。そんな社長の負担を軽くしてくれる弁護士というか、聞いたらすぐ答えてくれる、電話・メールがつながりやすい、という点は、重視すべきポイントなのかなと思います。
その上で、付き合い方について弁護士サイドから申し上げると、やはりビジネスの内容を適宜共有していただきたいと思っています。弁護士は、現場で一緒にビジネスをやっているわけではないので、ビジネスの「現在」を必ずしも理解できている訳ではありません。なので、「新しいサービスを考えている」とか、「大型の契約が出来そうだ」とか、事業内容の共有と定期的なコミュニケーションがあると、弁護士が力添えできることの幅も広がってくると思います。あ、それ以前に、けっこうよく聞く話ですが、IT業界だと、依頼している弁護士がPCをいじれないとなると厳しいですよね(笑)。
(T)(笑)それは…どこから説明しなきゃいけないのかわからないですね。
(F)ですね(笑)そういう極端な例はさておき、共通言語というか、目線が同じというか、意思疎通にコミュニケーションコストが低いことも大事ですね。全部ひっくるめて表現すると、ベンチャー企業にとっては、「気軽にちょっと聞ける弁護士であること」と、「気軽にちょっと聞こうと思える弁護士であること」が大事なんじゃないかなと僕は思っています。
(T)それは、すごくわかります。ぼくもそれが大事だと思います。GVAさん本当にレスポンス早いし、質問しやすいですもんね。こちらとしては、なにか課題があるから質問しているので、返事がすぐにくると進みやすくて、法務的事項の相談相手というイメージです。また、ベンチャーは「社長」が前面に出ているケースが多いと思うのですが、社長が最終判断者でない領域をつくる、という意味でも顧問弁護士さんがいるのはいいことだ、と思っています。
(F)ありがとうございます。そういうイメージで我々を使っていただければありがたいですし、そういう存在であり続けたいと思っています。「社長が最終判断者でない領域をつくるという意味で良い」というのは、経営者ならではの発想ですね。我々も、そういう法務の判断を預かる立場として、力を尽くします。
GVA法律事務所 弁護士 藤江 大輔
京都大学法科大学院卒。司法試験合格後、ベンチャー企業、IT企業の顧問を数多く擁するGVA法律事務所に入所。システム開発に関する訴訟を手掛けるほか、紛争予防のためのシステム開発関連の契約書作成や法務アドバイスも提供する。
また、国際法務としてタイに関する法律問題にも取り組み、活動の幅を広げている。
京都大学法科大学院卒。司法試験合格後、ベンチャー企業、IT企業の顧問を数多く擁するGVA法律事務所に入所。システム開発に関する訴訟を手掛けるほか、紛争予防のためのシステム開発関連の契約書作成や法務アドバイスも提供する。
また、国際法務としてタイに関する法律問題にも取り組み、活動の幅を広げている。