今回の記事では、「販売管理ソフト」という観点からboardとfreee販売の違いについて解説します。
一般に、「販売管理」とは商品の受注から納品、請求、そして入金の確認に至るまでの一連の業務を指します。さらに、多くの場合は在庫の引当や出荷指示など、販売に付随する在庫管理業務までを含めて管理することが想定されています。
「販売管理ソフト」は、これらの業務フローをシステム上で一元的に管理するためのツールです。見積書の作成から受注内容の登録、納品書や請求書の発行、在庫の管理、入金状況の確認までを、ソフトウェア上でスムーズに処理できます。
ただし、ひと口に「販売管理ソフト」と言っても、その対応範囲は製品によって異なります。受注・出荷・請求・入金に加え、在庫管理機能を備えたものも多くありますが、近年では在庫管理に対応していないソフトも増えています。その背景には、コンサルティングや士業、ソフトウェア開発、受託業務など、物理的な商品の仕入や在庫を必要としない業種の増加があります。
本記事では、「在庫管理機能を含まない販売管理ソフト」を前提として話を進めますが、その他にもさまざまな販売管理ソフトがありますので、留意しておいてください。
税理士、業務設計士。
金融のシステム企画部門、会計事務所、数社のスタートアップのバックオフィスを経て、独立。
既存の業務やシステムの使用方法を徹底的にヒアリングしながら、最適な業務フローとシステムの構成を設計し、業務からシステムまで再構築の実績多数。
業務設計の支援を手がけるリベロ・コンサルティング代表をメインで活動中。
*当記事は寄稿記事です。
販売管理ソフトを導入する理由
請求書の作成だけであれば、無料のツールやExcel、Wordなどでも対応可能です。それでもあえて販売管理ソフトを導入する理由は、大きく3つあります。
情報共有
1つ目は、情報共有です。個人でサービスを提供している場合は、請求書の発行までを1人で完結できるため、大きな問題にはなりにくいですが、組織で事業を行っている場合、サービス提供部門と請求部門が分かれていることが一般的です。そのため、「いつ・誰に・何を・いくらで提供したのか」という情報を正確に共有しなければ、請求ミスや抜け漏れのリスクが生じます。
販売管理ソフトを活用することで、見積・受注・納品・請求といった一連の業務を一箇所で管理でき、情報の分断や重複入力を防ぎやすくなります。その結果、業務全体の効率と精度が大きく向上します。
経営管理
2つ目は、経営管理です。経営管理とは、企業が持続的に成長するために、売上・利益・コスト・人材といった経営資源を計画的・戦略的に管理することを指します。販売データを元にした売上分析や顧客ごとの取引状況の把握、商品別の売れ行きや利益率、月別・担当者別の成績といった経営上の意思決定に必要な情報を把握することにより、勘や経験に頼った経営から、データに基づいた戦略的な経営へと移行できます。
管理会計
3つ目は、管理会計です。管理会計とは、経営判断や業績評価など、社内の意思決定に役立てるための会計情報を管理・分析する仕組みです。財務会計のように対外的な報告を目的とするのではなく、経営者やマネージャーが自社の状況を把握し、戦略を立てるために活用されます。
販売管理ソフトの多くは、商品やサービスの販売価格だけでなく、仕入原価や経費も登録できる機能を備えています。これにより、粗利の把握や収支のシミュレーションが日常業務の延長で行えるようになります。月次決算や経営会議のために別途資料を準備することなく、日々の業務の中で経営状態を把握できるようになり、業務と経営判断をつなぐ「仕組み」として機能します。
このように、販売管理ソフトは単なる業務効率化のツールではなく、組織内の情報共有を促進し、経営判断や戦略立案を支えるための基盤となるのです。
次は、実際にboardとfreee販売という2つのソフトについて、それぞれがどのような特長を持ち、どんな企業に適しているのかを見ていきましょう。
freee販売の特徴
freee販売は、クラウド会計ソフトで知られるfreee株式会社が提供する販売管理ソフトです。見積・受注・納品・請求・入金といった販売プロセスを一貫して管理でき、経理や会計と連動した業務の効率化を図ることができます。freee会計とfreee販売は双方向にがっちり連携しており、取引先マスターの一元管理や入出金情報の連携が大きな特徴です。
API連携を行う外部ツールとの違い
freee会計は外部ツールとのAPI連携を重視しています。APIとは、ソフトウェア同士がデータをやりとりするための仕組みです。たとえば、boardは従来からfreee会計のAPIを利用して、請求書を発行すると同時にfreee会計に取引を登録するという機能を提供しています。ただし、APIを使えばすべての情報を自由に取得できるのかといえば、そうではありません。一例として、freee会計のAPIでは請求書発行後の入金管理で「入金したものだけ」を取得することができないため、請求書の発行を外部ツールで行っていても、入金管理はfreee会計上で行う必要があります。
これに対して、freee販売はクラウド版統合型ERPの一翼を担うツールとして位置づけられています。ERPとは、Enterprise Resource Planning(エンタープライズ・リソース・プランニング)の略で、企業の人・モノ・カネ・情報といった経営資源を一元的に管理し、業務の効率化と経営判断の迅速化を支援する仕組みのことを指します。freeeシリーズは、このERPの考え方に基づいて、販売・会計・人事労務・経費精算などの業務データを一元的に管理できるように設計されており、その中でfreee販売は販売管理を担う重要な役割を果たしています。
統合型ERPの構築を見据えた連携
請求書を発行して入金管理をする、あるいは請求書を受領して支払管理をするだけであれば、freee会計に備わっている請求・支払管理機能で十分に対応できます。freee販売を導入して販売管理機能を強化する際に重要なのは、単なる業務の効率化ではなく、経営管理や管理会計のレベルまでfreeeシリーズを活用して実現するという視点です。
このような活用を実現するために、freee販売はfreee人事労務、freee経費精算、freee工数管理など他のfreee製品とデータを連携させ、部門別・案件別など多角的な原価管理や収益分析を可能にします。これにより、「どの部署がどれだけコストをかけ、どの案件が利益を生み出しているか」といった視点での管理会計が実現できるようになります。freeeシリーズには豊富なAPIが用意されていますが、同様の連携と精度を外部ツールとの連携で再現するのは容易ではありません。
財務会計と管理会計を分断せずにシームレスに連携させることは、ERPの重要な存在意義の1つです。クラウド環境で高度な経営管理基盤を実現したい企業にとっては、freee販売を含むfreeeシリーズを活用することで、統合型ERPとしての仕組みを構築することができるでしょう。
boardの特徴
boardは、「案件」という単位で売上・原価・利益をまとめて管理できる、シンプルな販売管理ソフトです。見積書や請求書の作成だけでは物足りないけれど、SFA/CRMやERPほどの高度な機能は必要ない——そんな中小企業や個人事業主にとって、ちょうどいいバランスのツールと言えます。
「案件」で管理する
ビジネス上の取引では、まず契約が結ばれ、その契約に基づいてサービスや商品が提供されます。そして、その提供が完了した後に対価の支払いが発生します。多くの契約書には「サービス提供者が請求書を発行する」と記載されているため、請求書を出せば売上を計上できると考えている人もいますが、本来は「契約に基づいた取引の管理」が先にあります。
この「契約に基づいた取引」にあたるものを管理するのが、「案件」という単位です。請求書や見積書は、あくまで案件に紐付く書類であり、案件全体を把握することで、業務の進捗や利益も一緒に見えるようになります。SFA/CRMやERPでは、「案件」(「商談」や「契約」表記になっているソフトもあります)という枠組みで管理するのは普通のことですが、中小企業や個人事業主が使うソフトでこの枠組みで管理することができるツールはほとんどありません。
ビジネスの規模が小さいうちは、Excelで案件や請求書を管理していても問題が起きにくいものです。しかし、月に発行する請求書が10枚を超えたり、同時進行する案件が10件以上になってきたりすると、Excelでの管理に限界が出てきます。どの書類がどの案件に紐付いているのかがわかりづらくなり、請求漏れや入金管理のミスが起きやすくなるのです。
このような状況では、「案件」という枠組みで情報を整理できる仕組みが必要になります。見積書を発行し、発注書を受け取り、請求書を作成し、入金を確認する。こうした一連の業務に加え、業種によっては発注請書や納品書の発行も必要になる場合があります。これらの状況を正確に管理し、必要な書類を間違いなく発行するには、ある程度の仕組みが必要です。Excelやノーコードツールでそれを実現しようとすると、どうしても手間がかかり、ミスも起こりがちです。
シンプルな機能で業務を効率化
そこで役立つのがboardです。導入するだけで、こうした一連の業務の流れをスムーズに、しかもシンプルに管理できるようになります。多くの中小企業や個人事業主がboardを選んでいる理由は、こうした実務上の負担を軽くできる点に加え、社内にIT担当者がいなくてもすぐに使い始められる手軽さや、リーズナブルな料金設定にもあります。
boardは機能がシンプルなので、企業によって向き・不向きがはっきりしています。あらゆるニーズに対応する複雑な設定や機能はありませんが、それがかえって使いやすさにつながっており、「ちょうどいい」という企業も多いはずです。ERPのように高度な経営管理を目指すのではなく、「案件」という枠組みを使って、請求・受発注管理・売上予測を格段に効率化する。それがboardの大きな特徴です。
freee販売とboardの違いをどう捉えるか
ここまで見てきたように、freee販売とboardはそれぞれ異なる設計思想に基づいて開発されています。両者の違いを理解する上で注目したいのが、「疎結合と密結合」、そして「業務の型」という2つの視点です。
疎結合と密結合
システム連携における「疎結合」とは、各システムが独立して動作しつつ、必要な情報だけをやりとりする構造です。一方で「密結合」は、システム同士が強く依存し合い、一体的に動作する構造を指します。密結合の方が連携性は高くなりますが、変更やトラブルの影響が全体に波及しやすくなるというリスクもあります。
freee販売はfreee会計との密な連携を前提とした設計で、取引先マスターの一元化や経費精算、工数管理などをfreeeシリーズ内で一気通貫に扱うことができます。freee販売では予実管理やプロジェクト別収支などの管理会計を担い、freee会計側で財務・税務会計を補完する役割分担が想定されています。
ただし、このような連携には一定の前提条件があります。たとえば、請求書を発行するにはfreee会計側の権限も必要となり、freee販売側で設定した勘定科目や税区分の設定は、freee販売側でしか変更できないといった制約があります。さらに、プロジェクト単位で付与されるタグがそのまま会計データに連携されることで、仕入や外注費などが実際の請求単位とズレる可能性もあり、重複計上のリスクもあります。
加えて、freee販売はユーザー数に応じた課金体系で、税理士や外部アドバイザーも例外ではないため、関与者が多い中規模以上の企業にとっては、運用設計が難しく感じられることもあります。
一方、boardはfreee会計とは疎結合の連携を採用しているので、販売管理の運用を自社の業務フローに合わせて柔軟に設計できます。実際、freee会計との連携についてはboardの方がわかりやすかったという声もあります。こうした背景から、freee会計のユーザーであっても、業務内容や体制によってはboardの方が適しているケースもあります。
業務ソフトをシリーズで統一すれば、データベースの一元化や連携効率の面ではメリットがありますが、必ずしも運用面でも有利とは限りません。販売管理と会計のように、目的や関与者が異なる領域では、むしろ疎結合の方が柔軟でスムーズな運用が可能になることもあるのです。
業務の型
boardは「見積・受注・納品・請求」という一連の流れをシンプルな「業務の型」として提供しています。一定の使い方を前提にしているので、初期設定も簡単で、日々の運用もスムーズに行えます。発注・支払管理や案件ごとの損益管理も可能で、中小企業や個人事業主にとって、販売管理全般を支える「ちょうどいい」ツールとして広く利用されています。
外部サービスとの連携機能も豊富に用意されており、freee会計を含む複数の会計ソフトとの連携に加え、HubSpotやクラウドサインなどの専門ツールと組み合わせた拡張も可能です。
一方、freee販売は、販売管理に加えて工数管理や経費精算との連携など、より広範な業務に対応できるよう設計されています。freeeシリーズ全体で業務を最適化したい場合には有力な選択肢となりますが、機能が多岐にわたる分、導入時の業務設計や初期設定には一定のハードルがあります。とくに中小企業や個人事業主にとっては、必要な範囲を見極めないと、かえって使いづらく感じられることもあるでしょう。
まとめ:自社に合うツールをどう選ぶか
ツールを選ぶ際に重要なのは、どちらが優れているかではなく、どちらが自社のやりたいことに合っているかという視点です。かつては、会計ソフトを中心に販売管理や給与計算などを同じシリーズで統一するのが一般的でしたが、SaaSが普及し、API連携が当たり前になった現在では、疎結合でも十分に実用的な業務環境を構築できます。
販売管理部門と経理部門の業務分担の仕方や、今後どのような業務の型を築いていきたいかによって、選ぶべきソフトは変わってきます。freee販売とboardは、機能概要や比較表だけを見れば似たようなシステムに見えるかもしれませんが、想定しているユースケースや対象とする企業規模には大きな違いがあります。
販売管理ソフトは、経営管理の基盤となる重要なツールです。こうしたツールの選定は一度きりではなく、組織の成長や外部環境の変化、業務内容の変化に合わせて柔軟に見直していくことも大切だということを覚えておいてください。